挫折、また挫折

間もなく入梅でしょうか?今シーズンは土日の雨が多く、大会のグランド調整に頭を抱えることが多いのです。T川市サッカー協会で小学生のお手伝いをさせて頂いていますが、大会運営というのは案外ややこしいもので市内登録全12クラブのスケジュール、学校行事、クラブ運営方針、代表者の考え方、グランドの有無、天候による決行の判断、東京都サッカー協会との日程調整、トレセン活動との調整、選手のオーバーワークに関する見解の違い、体協の協力・・・その他たくさんの条件が異なるチームがルールのあるスポーツで対戦するのです。

本来はスポーツマン同士のさわやかな活動であるはずの少年サッカーでも、いろいろなしがらみがあるのでしょうか?、なかなかうまく大会運営がいかない場合もあります。大会自体は年度初に承認されたルールに則り粛々と行うしかないのですが、決めた約束が守れなかったり、「青少年の健全な育成」という言葉を誤用し、自らの都合のいいように規則を曲げて解釈する力もあるものです。事務局としては全クラブの言い分を聞き、バランスを取りながらも、基本的には規則に従うしかないのです。

さて、私が尊敬している指導者のひとりにT屋さんという監督さんがいます。ある少年クラブの代表者でありながら市内全体の育成活動にも力を入れ、多くの優秀な選手を卒業させています。ご家族を犠牲にされ、土日及び水曜日の夜間にトレセン活動も仕切ってくださっており本当に頭の下がる思いです。今年もトレセン活動でお世話になります。

このトレセンすが6/2(土)に今期の市内トレセン選考会(セレクション)がありました。5年生、6年生の部それぞれでミニゲーム中心のセレクションを行うのですが、能力を発揮できた者、出来なかった者それぞれ一喜一憂したことでしょう。能力を発揮できなくてもそもそも優秀な選手で合格する場合や、逆に能力を発揮できても基準のレベルを持ち合わせていない者もおり一概には言えないのですが、基本的には個人の能力を伸ばす活動ですので、仮に落ちたからといって、将来の道が閉ざされたわけではありません。しかし、本人や家族の落胆は大変大きなものであります。合格と不合格という二つに一つしかない道で、「不合格」を言い渡されるという経験はなかなか厳しいものです。隣にいる親子はうれしそうに「今晩はご褒美でお寿司にしましょう!」なんて言ってるのに、こちらは「なにグズグズしてるの、早く帰るわよ!」なんてふてくされている母親もいるのです。「よく頑張ったけど、アピール出来なかった!」なんて声も聞けます。短時間で評価するのですから、なかなか難しいのですが、合否について次のように考えたらどうでしょうか?

「今日は落ちた。(負けた)しかし、この悔しさを次に活かそう!」と。この中で「次に活かそう!」と言うのは親として簡単に言えるのですが、「今日は落ちた。」という事実の認識が普通の親はなかなか出来ないのです。我が子が可愛くて事実を曲げて解釈させたり、オブラートに包んで子供に話をごまかすと、後でこの素晴らしい経験(敗戦の事実)が活きません。理由はともあれ、「落ちた」「不合格だ」をしっかり受け止め、次なる対策を練るのです。

「落ちた」という挫折の経験は案外大切で、次に向けて頑張るだけでなく、次に何かのオーディション、セレクション、入試等で落ちた時も免疫が出来ているので、少し強くなっているでしょう。挫折が多い人ほど成功しているのかもしれません。今回の不合格は成功者への第一歩と思い、不合格をしっかり受け止めるべきでしょう。

さて、挫折と言えば私の息子(次男)は幼稚園の年中から中学2年生までの運動会10回で、何と4回も参加できない不運な男であります。年長の時は肝臓の病気で退院直後だった為、3年生の時はブランコから落ちて唇を数針縫う怪我をしていた為、6年生の時はスキーで骨折していた為、今回、中2では左太ももの肉離れの為、それぞれ応援にまわり悔しい思いをしているようです。家族としては「またか!」とがっかりし、息子もやはり残念なようです。6年生の時は若葉F.C.の選手として全日本少年サッカー選手権で東京都制覇を目標にやってきた矢先の骨折、今回もジュニアユースで対戦する鹿島アントラーズ戦前の大切な時期に再び唇を噛みしめております。息子を見ていると可哀想ではありますが、「良い経験だ!何が悪かったか反省せ!」と肩をたたいてます。いい思いばかりでは成長無く、挫折を経験できて幸せ者だと思いましょう。

しかし、人生が後半に差し掛かった我々オジサンは、もう挫折はいらない。ラク~にのんびり生きたいですね。

2007/6/5 obika

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踏み台をはずせ!

このブログには「タイトル」と「カテゴリー」を入力するのですが、いつもカテゴリー欄は「スポーツ」を選んでいました。しかし今回のカテゴリーは「育児」です。育児というと、幼稚園くらいまでを言うような感じがしますが、ここでは子育て全般と捕らえて「育児」としました。

少年少女スポーツ活動のお手伝いをしていて感じることとして、親(特に母親)の子供に対する愛情がプラスに作用する場合と、マイナスに作用する場合があり、それぞれ感じることがあります。我が子が可愛いと思う気持ちはまず例外なく、どの親も思っているし、サッカーで活躍して欲しい、怪我をしないで欲しい、上手になって欲しい、勉強が出来るように、友達が出来るように、先生から褒められるように、風邪をひかぬように、いじめられないように、いじめないように・・・というように多くの期待をします。

しかし、そんなパーフェクトな子供はおらず、どの子も一長一短あるのです。頭は良いけど、足が遅い。性格は良いけど、いじめられる。顔は良いけどドリブルが下手・・・。一長一短あることは理解しているけど、何とか良い思いを子供にさせたいのがこれまた母親心です。ではサッカーの試合ですが、必ず勝者がいると敗者がいます。半分は負けるのです。折角の日曜日、紫外線の強い中、子供の応援をしにグランドへ行きます。結果は0-10の大敗をしました。その時母親のセリフで多いのは「相手は3年生、うちは2年生が多いから・・」「うちは朝の試合に弱い」「たまたま相手のGKが大きかった」「負けグセがついている」・・・・その理由を聞いていると、折角の日曜日に応援に行った自分への言い訳になっており、本来の問題点をぼかそうという雰囲気があるのです。また子供が得た大きな財産の話や、成長したポイント、足りないポイントから逃げようとする何かがあるのです。

子供の将来への成長を思えば「0-10だけど、実力的には20点差はある。相手は何が素晴らしいのだろう?」「この能力の差は何だろう?練習の回数か、質か、運動能力の差か、それとも子供のやる気の問題だろうか?」・・・等々を考えることが大切で自分(母親)の当日の気持ち良さよりも子供の将来を考えてみると、案外大敗も悪いものでは無い場合があるものです。

さて、これを読んで頂いている方で母親である方にお尋ねします。Q1.あなたは家計に余裕があった場合、子供を大学付属の私立中学へ入れようと考えますか?

おそらく、大半の母親が「出来ることならそうしたい!」というと思います。経済的に余裕があるという前提で、大学付属の私立中学へ入れば、大学卒業までほとんど約束されたようなものです。有名な私立中学ならそれなりに就職も見えてくるでしょう。一般的には「経済的にそんなに余裕が無いので、うちは公立に行ってもらいます。」という人が普通で、「借金してでも私立中へ」という人はあまりいないと思います。今回の設問は「経済的に余裕がある」という前提ですので、結果が同じほうへ集中することが想定できました。

ここで私の個人的な意見を申し上げさせてください。あくまでも個人的な意見であり、そうでない方を批判しているものでも、やめなさいと言っているものではありませんのでご容赦ください。私は中学校までは公立中学を勧めます。その理由は私立中学へ行くことのメリットが、公立中学へ行くことのメリットを下回ると考えるからですが、具体的に言うと、公立中学校は学力や運動能力、家庭環境のレベルを無視し「学区域」というエリアで分けられるだけです。中には八百屋さんの看板娘や、大工の息子、親のいない子や、暴走族に入っている子、頭のいい子、悪い子・・・その他いろんな子がいます。私立中学にはどちらかというと同じような境遇の子供が集まってきます。比較的経済面で恵まれ、父親の職業が安定しており、母親が家にいて、苦労が少ない・・・。ここまで言うと、ならば尚更私立中学校が良い!という母親もいるかもしれません。しかし、公立中学には学校での学習以外に脳に対する刺激がたくさんあります。例えば「喧嘩」「不登校」「友達の家での複雑な家庭環境」等々・・・それに対し私立中学は勉強に集中する環境はあるかもしれませんが、脳に対する刺激があまりにも少ないと思うのです。

私はサラリーマンを20年やっており、仲間のなかでは付属の私立中学校出身者がいます。言ってみれば高校受験、大学受験をしておらず、悠々と大学を卒業しているのです。おそらく就職もそんなに苦労せず、入ってきたのでしょう。そんな人はどちらかと言えば「弱い社員」で、問題が発生した時に慌てます。逆に「強い社員」は苦労人が多いのです。思春期に受けた脳への刺激は将来必ず生きてくると思います。思春期に刺激が無いと社会に出てから刺激を受けてしまい、対処できないことがあるようですね。

では、今子育てをしている最中に何をすれば良いのか?これは「脳への刺激」だと思います。「脳への刺激」というのは言い換えれば、「非日常的な苦労」をさせることだと思います。昔の人(特に戦争経験者やその子供くらい・60歳以上ということにしましょう)はほとんどの人が苦労をしました。身内が死んだり、勉強する場所がなかったり、食べ物を取り合ったり・・・好んでいたわけでは無いけれど、自然に苦労をしてきました。競争の激しい時代を生きてきたので強いのです。しかし、昨今は格差社会とは言うけれど、世の中が平和すぎて、自ら苦労しようと思わない限り、「苦労」そのものに出会えないのです。「こんな幸せは無い!」と思うのは昔の人です。今、子供たちに辛い思いを経験させることは至難の業と言えるかもしれません。

若葉F.C.の練習や試合にお母さんたちが応援に来てくれています。我が子が心配で、「○○ちゃん、靴の紐がはずれているよ!」「おもいっきり蹴りなさい!」なんて声が聞こえてきます。言ってみれば過保護なのですが、母親の気持ちからすると、少しでも他の子供と同じように、もしくはそれより上へ行くように心配で声をかけてしまうのです。

靴の紐が緩み、転んで足から血が出て、初めて気が付くこともあるのです。何とか子供に良い思いをさせてやりたい母親心はわかりますが、踏み台をおいてあげ、実力以上のことをさせると、後で苦労するのです。出来るだけ多くの苦労経験が将来に生きると信じ、苦労させるべきだと思うのです。

子供に対して「踏み台をはずす」勇気があなたにはありますか?私は最近やっと出来るようになりました。子育てで悩んだ時は出来るだけ子供にとって苦労する側を選びます。その瞬間「冷たい親だ!」と思われることを恐れず、『お前の将来の為だ!』と心で叫び、厳しい対応をすることが大切だと感じます。今、大人が積み上げてしまった踏み台をはずし、「人生は甘くない!」と言ってやりませんか?

2007/5/15 obika

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